フルイチマサヒコ日本画文庫2
フルイチマサヒコ日本画文庫2によせて
一点一点の作品を見終わった後に残る感情や感覚が、あたかも一編の小さな物語の読後のようなものになれる。そんな作品を作り展示したいと思った。
純粋に絵画という造形表現を試みる場合、そこにある種の物語性は必要かという議論はたびたび起こる。一枚の純然たる絵画作品であれば、抽象具象に問わず追及されるべきは、あくまで造形表現であろう。そして純粋芸術という大きなくくりの中で、扱うことを考慮するならば、それらは新たな造形表現や、実験的な造形表現を追求したものであることも、重要な要素となるだろう。ここに物語性が強く入り込むということは、画面上で展開される要素の多くを言葉に頼ることになる。ともすれば、造形がその言葉(物語)を表すための補足や説明になってしまうおそれもある。
私自身絵を描く際に手法として三つのことを考えて行っている。
一つ目に「空気を描くには観察が必要である」
二つ目に「空間を描くには分析が必要である」
三つ目に「世界を描くには物語が必要である」
今回の展示作品の多くは、この三つ目の「世界を描くには物語が必要である」という意識がより鮮明に表れていると思う。
「眠る森」 M12 (日本画)
展示風景
フルイチマサヒコ日本画文庫のおさらい
空気を描くには、観察が必要である 空間を描くには、分析が必要である 世界を描くには、物語が必要である
「お菓子奪取大作戦」の登場人物?動物?の肖像画
登場人物?動物?の肖像画
古ノ噺とtsuKiの世界
未来の話をしようではないか。100年や200年先なんてものではない。例えば7万年後、いや100万年だっていい。とにかくかなり遠い未来の話だ。
遠い未来の世界では、今起こっていることは全て昔話になってしまう。昔話と大きく括ったが、未来が無数にあるように過去だって人や事柄の存在の数だけあると思うのだ。
個人レベルのエピソードは思い出と呼ばれるものになるだろう。
あらゆることが事実として記憶されたものは、人の手によって記録され、そして歴史と呼ばれるものになっていくのだろう。
しかしこれら二つのようなものとは異なった道を辿るものもまだまだある。それが言い伝えやお伽話などと呼ばれるものだろう。始まりは個人の勘違いであったり、尾ひれがついてしまったり。真実をより広く、わかりやすく言い伝えるために、又はその逆に他者にはわかりにくくし、身内にだけ伝えるためにオブラートに包むような暗号化のような例え話を作る。もちろん真実を意図的に捻じ曲げた話を作り出すということもあるだろう。ひとまずここでは創作が入った古の噺はお伽話としておこう。
我々の住む青い星からtsuKiへは、ハシゴを登って移動をしたと信じられていたが、もしかするとそこにあるはハシゴの名残ではなく、古の時代に科学技術が最高潮に達した時の名残、宇宙エレベーターの残骸かもしれない。森の中で朽ち果てて無数にころっがているtsuKiへの吸水管と思われていたものは、実は人類が大戦で用いた無数の砲台の名残かもしれない。
時として、あらゆることへ疑問を持つことが創造の源になるということも、あると思うのです。
tsuKiの世界のスタートは、「月のうさぎ」から始まった。まずイメージを物語に起こし、一枚の絵を描いた。そこで出来上がったのが、「月のうさぎ」だ。この制作資料としての文章を、会場で公開しました。
「tsukiの世界」(これまでのあらすじ)
この話は我々とは全く別の世界の話であるから、別段気に病むことは何一つないのだ。ある青い星には、多くの人という生物が暮らしていた。この青い星には、海という大きな水たまりと、湖という海より小さな水たまりと、池や沼というさらに小さな水たまりがあり、川という水の通り道がそれらをつないでいた。そして、その青い星のまわりを小さなひとつの星が、ぐるぐるとまわっていた。その小さな星が、青い星を一周する所要時間は、約720時間だという。
青い星にいる多くの人という生物は、水のない陸というところで暮らしていて、夜になると空に浮かぶ、ほかの星という物体を見て楽しんでいた。特に多くの人たちの興味を引いたのが、自分たちが暮らす星の周りをぐるぐる回る小さな星だった。そして、いつしか多くの人たちは、そのぐるぐる回る小さな星のことを「tsuKi」と呼ぶようになった。多くの人たちは、この「tsuKi」を観察するために大きな望遠鏡を作り、夜な夜な眺めるのだった。と、まあここまではだいたい我々の世界とほぼ同じといってよいであろう。違うとするなら「tsuKi」のほうであろう。我々の世界の「月」には生物は存在しないが、こちらの「tsuKi」では生物がしっかりと生きている。しかもかなりマイペースに。
では、この「tsuKi」とは、どのようなほしなのだろうか。そしてそこで暮らす生物とは、いったいどのようなものなのだろうか。ちょっと、望遠鏡をのぞいてみることにしましょう。